塾長ノート

「電車が参ります」はなぜおかしくないのか

敬語は上下関係だけでなく、「ウチ」と「ソト」の感覚でも動いている

日本語には「参ります」という表現がある。

これは「行く・来る」の謙譲語として説明されることが多い。目上の人や、自分の行動が向かう相手に対して敬意を表す表現である。

たとえば、

  • 明日、そちらへ参ります。
  • すぐに参ります。

のように使う。

ここでは、自分の側の動きをへりくだった形で述べている。

ところが、先日生徒にそう説明したところ、こんな返答があった。

「電車が参ります、も言いますね」

たしかに、その通りである。

駅のホームでは、「電車が参ります」と放送される。だが電車は、自分ではない。人ですらない。

では、なぜここで「参る」と言えるのだろうか。

「参る」は単純に「自分の動作」だけに使うわけではない

敬語を学び始めたとき、「謙譲語は自分を下げる表現」と習うことが多い。

もちろん、それは大きく見れば間違いではない。だが、その説明だけでは足りないことがある。

「電車が参ります」がその典型である。

ここで「参る」が使えるのは、駅員さんが電車を、単なる外部の物体としてではなく、 自分たちの側に属するもの として捉えているからだと思う。

つまり、駅員さんにとって電車は「ウチ」のものである。

自分が直接動いているわけではなくても、自分たちの側に属するものの動きとして述べている。だから「参ります」と言えるのである。

ここには「ウチ」と「ソト」の感覚がある

この話を理解するには、日本語の敬語にしばしば見られる「ウチ」と「ソト」の感覚を考えるとわかりやすい。

日本語では、誰が偉いか、誰が目上かという上下関係だけで敬語が決まるわけではない。

それと同じくらい、

  • こちら側の人やものなのか
  • 相手側の人やものなのか

という区別が大きい。

つまり、敬語は単なる上下関係の問題ではなく、 どちらの側に属しているか という感覚とも深く結びついている。

「参る」は、自分個人だけでなく、自分たちの側に属するものの動きをへりくだって述べるときにも使われうる。

駅員にとって、電車は「うち」のもの

駅の放送を考えてみると、この感覚はかなり自然である。

放送している駅員さんは、ホームで待っている乗客に向かって案内している。

そのとき、駅員さんの側にあるのは鉄道会社であり、駅であり、ホームであり、そしてそこに入ってくる電車である。

つまり、電車は「向こうから勝手にやってきた外部のもの」ではなく、駅員さんの属する側に含まれる。

だから、その動きを相手に対してへりくだって述べるかたちで、「電車が参ります」と言っても不自然ではない。

ここで重要なのは、電車が人間かどうかではない。

重要なのは、それが話し手の側に属するものとして扱われているかどうかである。

ビジネス敬語でも同じことが起きている

この感覚は、ビジネスの場面でもよく見られる。

たとえば、社内では先輩に敬語で話している人でも、取引先や他社の人に向かっては、自分の会社の先輩を呼び捨てで言うことがある。

たとえば、

  • 山田はただいま席を外しております。
  • 田中が後ほどご連絡いたします。

のような言い方である。

社内では「山田さん」「田中部長」と呼んでいるかもしれない。けれど、社外の相手に対しては、相手より自分の側の人間を持ち上げない。

ここでもやはり、「ウチ」と「ソト」が働いている。

自社の人間は、たとえ自分にとって上司であっても、相手に対しては「こちら側の人」として扱われる。だから、呼び捨てや謙譲的な表現になるのである。

敬語は「誰が偉いか」だけでは説明しきれない

敬語を教えるとき、どうしても「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」といった分類から入ることが多い。

もちろんそれは必要だが、それだけでは「電車が参ります」のような例でつまずく。

「電車は目上じゃないのに、なぜ謙譲語なのか」という疑問が出てくるからである。

しかし、そこに「ウチ/ソト」という感覚を入れると、かなり見通しがよくなる。

敬語は、単なる上下関係ではなく、話し手が人や物事をどのように位置づけているかにも関わっている。

「参る」は敬意だけでなく配置の感覚を映している

こうして見ると、「参る」という表現は、単に自分を下げる言葉というよりも、話し手が自分の側のものをどう扱っているかを映す言葉でもある。

電車が参る。担当者が参る。こちらから参る。

これらは全部同じではないが、少なくとも「こちら側の動き」を相手に対してへりくだって述べる、という点ではつながっている。

敬語は、意味だけでなく、人や物の配置の仕方まで含めて考えると面白い。

まとめ

「参ります」は「行く・来る」の謙譲語であり、自分の動作について使うと説明されることが多い。

しかし、「電車が参ります」と言えることを考えると、それだけでは不十分である。

駅員さんにとって電車は「ウチ」のものであり、その動きを相手に対してへりくだって述べているからこそ、「参ります」が成り立つ。

これは、ビジネスの場面で自社の上司を社外の人に対して呼び捨てにすることともつながっている。

日本語の敬語は、「誰が偉いか」だけでなく、「誰がこちら側で、誰が相手側か」という感覚と深く結びついている。

「電車が参ります」は、そのことをとてもよく示している表現だと思う。

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