塾長ノート

「〜わけではない」と「〜とは限らない」の違い

会話では「わけではない」、説明では「とは限らない」が自然に聞こえます

「〜わけではない」と「〜とは限らない」は、かなり近い表現です。

たとえば、次の二つを見てみます。

努力したからといって、必ず成功するわけではない。
努力したからといって、必ず成功するとは限らない。

この二つは、ほとんど同じように感じます。

どちらも、

努力すれば必ず成功する

という考え方を否定しています。

つまり、「努力しても意味がない」と言っているわけではありません。 ただ、「努力すれば必ず成功する」とまでは言えない、ということです。

ここだけを見ると、「わけではない」と「とは限らない」はほとんど同じに見えます。

でも、別の文で考えると、少し違いが見えてきます。

「わけではない」は、相手の誤解を直す感じがある

まず、次の文を見てみます。

お腹が痛いからといって、ご飯が食べたくないわけではない。

これは自然です。

たとえば、誰かに、

お腹が痛いなら、ご飯いらない?

と言われたとします。

それに対して、

いや、お腹が痛いからといって、ご飯が食べたくないわけではないよ。

と返す。

これはかなり自然な会話です。

ここでの「わけではない」は、相手が持ちそうな推測を否定しています。

お腹が痛い。
だから、ご飯は食べたくないはずだ。

という推測に対して、

いや、そういうことではない。

と返しているわけです。

つまり、「わけではない」は、相手の誤解や思い込みをやわらかく直すときに使いやすい表現です。

「とは限らない」は、一般論っぽく聞こえやすい

一方で、次の文はどうでしょうか。

お腹が痛いからといって、ご飯が食べたくないとは限らない。

文法的には言えます。

ただ、会話としては少し不自然です。

なぜかというと、「とは限らない」は、

必ずそうとは言えない。
そうでない場合もある。

という一般論を述べる感じが強いからです。

この文は、個人的な気持ちを伝えるというより、

お腹が痛い人が、必ずしもご飯を食べたくないとは限らない。

という説明に聞こえます。

つまり、今の自分の気持ちを伝える文としては、少し距離があります。

会話で、

お腹が痛いからといって、ご飯が食べたくないわけではない。

とは言います。

でも、

お腹が痛いからといって、ご飯が食べたくないとは限らない。

とは、あまり言いません。

このあたりに、二つの表現の違いが見えてきます。

「怒っているわけではない」は自然だが、「怒っているとは限らない」は少し違う

もう少し違いが出る例を考えます。

彼は怒っているわけではない。ただ、少し疲れているだけだ。
彼は怒っているとは限らない。ただ、少し疲れているだけだ。

これは、かなり違いが出ます。

一つ目の、

彼は怒っているわけではない。ただ、少し疲れているだけだ。

は自然です。

たとえば、彼の表情がいつもより険しい。 態度もちょっと悪い。 周りの人は、「怒っているのかな」と思っている。

そこで、

いや、怒っているわけではないんです。
ただ、少し疲れているだけなんです。

と説明する。

これはとても自然です。

ここでも、「わけではない」は、相手がしそうな解釈を否定しています。

怒っているように見える。
でも、実際にはそういうことではない。

という流れです。

一方で、

彼は怒っているとは限らない。ただ、少し疲れているだけだ。

は、少し噛み合いにくい感じがします。

「怒っているとは限らない」は、

怒っている可能性もあるし、怒っていない可能性もある。

というように、可能性を残す言い方です。

でも、そのあとに、

ただ、少し疲れているだけだ。

と理由をはっきり言っています。

つまり、後半では「怒っているのではなく、疲れているのだ」と説明しているのに、 前半ではまだ可能性を残している。

そのため、少しちぐはぐに聞こえます。

この場合は、

怒っているわけではない。

の方が自然です。

「とは限らない」は、一般化を避けるときに使いやすい

では、「とは限らない」はどんなときに自然なのでしょうか。

たとえば、次の文です。

高い塾だからといって、必ず成績が上がるとは限らない。

これは自然です。

ここでは、

高い塾なら、良い先生がいて、良い授業があって、成績が上がるはずだ。

という一般的なイメージに対して、

必ずそうとは言えない。

と述べています。

このように、「とは限らない」は、ある考え方や一般論に対して、

  • いつもそうとは言えない
  • 例外もある
  • 必ずそうなるとは言えない

と説明するときに使いやすいです。

少し硬く、客観的な感じもあります。

同じ文を「わけではない」にしても、もちろん自然です。

高い塾だからといって、必ず成績が上がるわけではない。

こちらは少し、相手の思い込みに対する反論っぽく聞こえます。

たとえば、

みなさん、高い塾なら成績が上がると思いますよね。
でも、そういうわけではないんです。

という感じです。

「わけではない」は、相手の前提や思い込みに対して、少し会話的に返す感じがあります。

一方で、

高い塾だからといって、必ず成績が上がるとは限らない。

は、もう少し説明文っぽい。

一般論として、料金の高さと成績向上が必ず結びつくとは言えない、と整理している感じです。

日本語が話せるからといって、教科書が読めるわけではない

もう一つ、教育に関わる例で考えてみます。

日本語が話せるからといって、教科書が読めるわけではない。
日本語が話せるからといって、教科書が読めるとは限らない。

この二つは、どちらも自然です。

ただし、会話で相手に返すなら、

日本語が話せるからといって、教科書が読めるわけではないんですよ。

の方が自然に聞こえます。

たとえば、誰かが、

日本語で会話できるなら、学校の勉強も大丈夫なんじゃない?

と言ったとします。

その返答として、

いや、日本語が話せるからといって、教科書が読めるわけではないんです。

と言う。

これは自然です。

相手の中にある、

日本語が話せる。
だから、教科書も読める。
だから、学校の勉強も大丈夫。

という推測を受けて、

そういうわけではない。

と説明し直しているからです。

一方で、

日本語が話せるからといって、教科書が読めるとは限らない。

も自然です。

ただし、こちらは少し説明的です。

講演や記事の中で、一般論として述べるならとても自然です。

つまり、

  • 会話で誤解を直すなら「わけではない」
  • 一般論として説明するなら「とは限らない」

という違いが見えます。

かなり近い文もある

とはいえ、この二つを完全に別物として考えすぎる必要はありません。

最初の例に戻ります。

努力したからといって、必ず成功するわけではない。
努力したからといって、必ず成功するとは限らない。

この二つは、かなり近いです。

どちらも自然ですし、意味の違いもそれほど大きくありません。

「努力すれば必ず成功する」という考えを否定している点では同じです。

ただ、少しだけ言えば、

成功するわけではない

の方が、相手の考えに対して「そういうことではない」と返す感じがあります。

成功するとは限らない

の方が、「必ず成功するとは言えない」と一般的に説明している感じがあります。

でも、この文では違いはかなり小さいです。

日本語表現の違いは、いつもはっきり分かれるわけではありません。

文によってはかなり近くなります。 別の文にすると、急に差が見えることもあります。

ここが面白いところです。

まとめ

「〜わけではない」と「〜とは限らない」は、どちらも「必ずそうとは言えない」という意味で近く使えることがあります。

ただし、ニュアンスには少し違いがあります。

「〜わけではない」は、相手の推測や誤解に対して、

そういうことではない

と説明し直す感じがあります。

そのため、会話の中で、相手の思い込みをやわらかく否定するときに使いやすい表現です。

一方で、「〜とは限らない」は、

  • 必ずそうとは言えない
  • 例外もある
  • いつもそうなるとは言えない

という一般論を述べる感じがあります。

そのため、少し硬く、客観的で、説明文に向きやすい表現です。

かなり大ざっぱにまとめるなら、

「わけではない」は、誤解を直す表現。
「とは限らない」は、一般化を避ける表現。

という感じです。

もちろん、すべての文でこの違いがはっきり出るわけではありません。

でも、

彼は怒っているわけではない。
彼は怒っているとは限らない。

のように比べてみると、違いはかなり見えやすくなります。

似ている表現ほど、意味だけでなく、どんな場面で自然に聞こえるかを見ることが大切です。

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