「~したところ」と「~して」は、見た感じかなり近い。
たとえば、
調査したところ、誤りがあることがわかりました。
調査して、誤りがあることがわかりました。
この二つ、ほとんど同じように感じる。
じゃあ自由に全部入れ替えられるのかというと、そうでもない。
ここが面白いところなんですよね。
置き換えられない例を見た方が違いは見えやすい
次の例を見てみる。
その男は腕組みをして、話を聞いていた。
その男は腕組みをしたところ、話を聞いていた。
後者は明らかに変である。
では、主語の問題なのかと思って、一人称にしてみる。
私は腕組みをして、話を聞いていた。
私は腕組みをしたところ、話を聞いていた。
やはり変である。
ということは、ここには主語とは別の、もっとはっきりした使い分けがある。
「~して」の方がずっと広い
まず直観的に言うと、「~して」の方が表現としてかなり広い。
これはおそらく間違っていないと思う。
腕組みの例で言えば、
腕組みをして、話を聞いていた。
は、「腕組みをしながら、話を聞いていた」にかなり近い。
つまり「~して」は、
- 前件の動作をして
- そのまま後件につながる
- 場合によってはその状態が続いている
というように、かなり広く使える。
単純な順接にも使えるし、並行する動作にも使えるし、状態を保ったままの後続動作にも使える。
要するに、前件と後件をつなぐ力がかなり広いんですよね。
「~したところ」は結果が出てくる感じが強い
一方で、「~したところ」はそこまで広くない。
こちらは、
その動作を実際にやってみた結果、何かが判明したり、事態がそうなったりする
という感じがかなり強い。
たとえば、
調査したところ、誤りがあることがわかりました。
は自然である。
調査する。 その結果、誤りが見つかる。
この流れがはっきりしているからである。
逆に、
腕組みをしたところ、話を聞いていた。
は苦しい。
というのも、「話を聞いていた」は、腕組みをした結果として判明したことでもないし、腕組みをした結果として生じた事態でもないからである。
ここが違いの核心だと思う。
「~したところ」は「やってみたら、そうだった」に近い
「~したところ」は、感覚的には
やってみたら、そうだった
に近い。
だから、
- 調べたところ、誤りが見つかった
- 先生に確認したところ、締切は明日だった
- 窓を開けたところ、雨が降っていた
のような文とは相性がいい。
どれも、前件をした結果として、後件の事態が見えたり起きたりしている。
しかし、
- 腕組みをしたところ、話を聞いていた
- 椅子に座ったところ、本を読んでいた
のような文は苦しい。
後件が結果発見にも結果発生にもなっていないからである。
「~して」は広くつなぎ、「~したところ」は結果を引き出す
ここまでをかなり雑にまとめるなら、
- 「~して」は前件と後件をかなり広くつなぐ
- 「~したところ」は前件の結果として後件が出てくる
ということになる。
「~して」は順接にも使えるし、並行にも使えるし、状態の継続にも使える。
それに対して「~したところ」は、後件にかなり条件がある。
何かがわかった、何かが起こった、そういう結果性がないと座りが悪い。
「~して」はつなぐ力が広い。 「~したところ」は結果を伴って後件を呼び込む。
似ているからこそ違いが見えにくい
この二つが厄介なのは、置き換え可能な文も確かにあることだと思う。
だから最初は、ほとんど同じように見える。
けれど、全部を自由に入れ替えられない以上、やはりちゃんと違いがある。
こういうときは、自然な文を眺めるより、不自然になる例を見た方が差が見えやすい。
今回で言えば、腕組みの例がまさにそれである。
あの違和感があるからこそ、「~したところ」には結果性が必要なのではないか、ということが見えてくる。
まとめ
「~したところ」と「~して」は、見た目はかなり近い。
実際、文によっては置き換えてもそこまで違和感がない。
ただし、「~して」はかなり広く使えるのに対して、「~したところ」はそうではない。
「~して」は前件と後件を広くつなげることができる。 一方で「~したところ」は、その動作をした結果、何かがわかったり、事態がそうなったりする場合に使いやすい。
だから、
調査したところ、誤りがあることがわかりました。
は自然だが、
腕組みをしたところ、話を聞いていた。
はかなり苦しい。
似ている表現だからこそ、こういう小さなずれを考えると、日本語はなかなか面白いんですよね。