塾長ノート

「感謝に堪えない」は、なぜ感謝できない意味ではないのか

同じ「堪えない」でも、抑えきれない感情と耐えられない評価に分かれる

日本語には、「ない」が入っているのに、単純な否定としては読めない表現がある。

前回扱った「極まりない」もそうだった。

今回取り上げるのは、「感謝に堪えない」である。

形だけ見ると、「感謝に堪えない」は「感謝できない」のようにも見える。

しかし、実際にはそうではない。

感謝に堪えない
= 感謝できない
ではない。

ここが今回の出発点である。

「感謝に堪えない」は感謝できない意味ではない

まず、次の文を見てみる。

皆さまのご支援には、感謝に堪えません。

これは、「皆さまのご支援には感謝できません」という意味ではない。

むしろ、意味としてはほぼ逆である。

ここで言いたいのは、

深く感謝している
感謝してもしきれない
感謝の気持ちを抑えきれない

ということである。

つまり、「感謝に堪えない」は、感謝できないのではなく、 感謝の気持ちがこみ上げてきて、それを抑えきれない という方向の表現である。

形だけを見て「ない」があるから否定だと考えると、意味を取り違えてしまう。

「感謝できない」とはかなり違う

一方で、次の文はどうだろうか。

皆さまのご支援には、感謝できません。

これは、普通に読むとかなり強い違和感がある。

そして、文脈によっては本当に 感謝することができない という意味になる。

たとえば、

皆さまのご支援には、感謝できません。
その支援によって、かえって多くの混乱が生じたからです。

のような文脈なら成立する。

つまり、

  • 感謝に堪えない:深く感謝している
  • 感謝できない:感謝することができない

であり、意味はまったく違う。

「感謝に堪えない」を「感謝できない」と同じように読むことはできないのである。

では「堪える」とは何か

ここで、「堪える」という言葉を考えてみる。

「堪える」は、基本的には「耐える」「こらえる」という意味を持つ。

たとえば、

  • 苦しみに堪える
  • 痛みに堪える
  • 批判に堪える

のように使う。

つまり、「堪える」には、何かを受け止めて持ちこたえる、こらえる、という感覚がある。

では、「感謝に堪えない」はどうか。

これは、感謝の気持ちをこらえきれない、抑えきれない、という方向に働いている。

感謝に堪えない
= 感謝の気持ちに耐えられないほどである
= 感謝の気持ちが抑えきれない

こう考えると、「感謝に堪えない」が強い感謝を表す理由が見えてくる。

「見るに堪えない」は少し違う

ただし、ここでややこしいのが、同じ「〜に堪えない」でも、表現によって意味の向きが変わることである。

たとえば、

この映画は、見るに堪えない。

という文がある。

これは「見ることができない」という意味に近い。

ただし、単に物理的に見られないという意味ではない。

「見るに堪えない」は、 見続けることに耐えられないほどひどい、つらい、悲惨だ という評価を含む。

つまり、

  • 映像があまりに残酷で見るに堪えない
  • 演技がひどくて見るに堪えない
  • 現場の様子は見るに堪えないものだった

のように使う。

ここでの「堪えない」は、かなり素直に 見ることに耐えられない という意味である。

「見ることができない」とも違う

では、

この映画は、見ることができません。

と言った場合はどうか。

これはもっと広い。

理由はいろいろ考えられる。

  • 配信されていないから見られない
  • 年齢制限で見られない
  • 時間がないから見られない
  • 怖すぎて見られない
  • 精神的につらくて見られない

つまり、「見ることができない」は、見る行為が実現できないという広い表現である。

一方で、「見るに堪えない」は、単なる可能・不可能ではない。

そこには、 見続けることに耐えられないほどひどい という評価が入っている。

「見るに堪えない」は、単なる不可能ではなく、強い評価を含む表現である。

同じ「堪えない」でも意味の方向が違う

ここまで見ると、同じ「〜に堪えない」でも、意味の方向が違うことがわかる。

  • 感謝に堪えない:感謝の気持ちを抑えきれない
  • 見るに堪えない:見ることに耐えられない

どちらにも「こらえきれない」「耐えられない」という感覚はある。

しかし、前に来る語によって、意味の向きが変わる。

「感謝」のような感情が来ると、その感情があふれて抑えきれない方向に働く。

一方、「見る」のような行為が来ると、その行為を続けることに耐えられない方向に働く。

つまり、

感情+に堪えない
→ 感情が抑えきれない

行為+に堪えない
→ その行為に耐えられない

という違いが見えてくる。

もちろん、すべての用例をこの図式だけで完全に説明できるわけではない。

ただ、「感謝に堪えない」と「見るに堪えない」の違いを考える入口としては、かなりわかりやすいと思う。

「感謝に堪えない」はかなり硬い表現

もう一つ大事なのは、文体である。

「感謝に堪えない」は、かなり硬い表現である。

日常会話で、

昨日手伝ってくれて、感謝に堪えないよ。

と言うと、少し大げさで、文語的に聞こえる。

意味は通じるかもしれないが、自然な会話表現とは言いにくい。

日常的には、

  • 本当にありがとう
  • とても感謝しています
  • 感謝してもしきれません

の方がずっと自然である。

「感謝に堪えない」は、もっと改まった場面で使われる表現である。

使われやすい文脈

「感謝に堪えない」は、次のような場面で使われやすい。

  • 式辞
  • 謝辞
  • 受賞コメント
  • 公式な挨拶文
  • 団体や組織の代表としての挨拶

また、一緒に使われる語もかなり改まったものが多い。

  • ご支援
  • ご厚情
  • ご尽力
  • ご協力
  • ご高配
  • お力添え

たとえば、

皆様のご支援には、感謝に堪えません。
多大なるご尽力に、感謝に堪えない次第です。
日頃のご厚情に、深く感謝申し上げます。

のような文脈である。

つまり、「感謝に堪えない」は、軽い「ありがとう」ではない。

改まった場で、深い感謝を格式高く述べる表現だと考えるとよい。

「感謝してもしきれない」との違い

意味だけ見れば、「感謝に堪えない」は「感謝してもしきれない」にかなり近い。

しかし、文体は違う。

  • 感謝してもしきれない:口語でも使いやすい
  • 感謝に堪えない:改まった文章語・硬い表現

たとえば、

本当に感謝してもしきれません。

は、日常的な場面でも比較的自然である。

一方、

皆様のご厚情には、感謝に堪えません。

は、かなり改まった挨拶文らしい。

どちらも深い感謝を表すが、使う場面が違うのである。

形だけで意味を判断すると危ない

「感謝に堪えない」は、形だけ見ると少し誤解しやすい。

「堪えない」とあるので、「できない」「耐えられない」という否定的な意味に見える。

しかし、実際には強い感謝を表す。

一方、「見るに堪えない」は、かなり素直に「見ることに耐えられない」という意味である。

同じ「堪えない」でも、前に来る語によって意味の方向が変わる。

日本語表現は、形だけでなく、前に来る語と文脈まで見ないと意味を取り違える。

ここが、この表現の面白いところである。

まとめ

「感謝に堪えない」は、「感謝できない」という意味ではない。

むしろ、感謝の気持ちが抑えきれない、感謝してもしきれないという意味である。

一方で、「見るに堪えない」は、見ることに耐えられないほどひどい、つらい、悲惨だという意味で使われる。

同じ「堪えない」でも、

  • 感謝に堪えない:感情が抑えきれない
  • 見るに堪えない:行為に耐えられない

という違いがある。

また、「感謝に堪えない」はかなり硬い表現であり、日常会話よりも式辞や謝辞、改まった挨拶文で使われやすい。

ふだんの会話では、「感謝してもしきれない」の方が自然である。

こういう表現を見ていくと、日本語は単純に「ない」があるから否定、というわけではないことがよくわかる。

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